ちぇんじRevolution #9終

第九章【七夕物語】

「はい、今日のお仕事はこれでおしまいです」
「くあー!疲れた~!」
凪が手を叩くと、馨は書類の山を前に大きく伸びをした。
今日は朝から儀式と書類のにらめっこで、気がつけば既に時刻は昼を回っていた。
「馨が星の精として目覚めてくれたお陰で、死の森が消えつつあります。これで私も結界を張らなくて済みますし、助かりますよ、馨」
改めてアルタイルの星の精となった馨は、連日凪から仕事のいろはを叩き込まれている。主にやることといえば星の核となる星の力の源に力を与えて星の守りを強める儀式と、国民達からの要望書に目を通し、国を改善していくこと。その仕事量は膨大で、最初馨は大きなため息をついてしまったほどだ。
「凪っていっつも皆でお茶飲んだりしてて暇なのかと思ってたけど、実は結構忙しかったんだな」
凪と二人で分担してもとんでもない量の仕事だ。これを今までずっと一人でこなしていたというのだから、改めて凪の能力の高さが化け物級だということに気付き、そしてそれが口から出かけたが言えば鉄拳が飛んでくる未来は避けられないだろうと、馨は思わず口を噤んだ。
「私は仕事が早いので☆さて、クレスと響を呼んでいつものティータイムにしましょうか。馨もこれから用事があるんでしょう?」
「あ!そうだ、奏と約束してたんだ!すぐ支度しなきゃ!」
馨は慌てて執務室を飛び出していく。
あれから馨は、正式に織女星となった奏と改めて番の契約を交わし、結ばれた。
織女星と牽牛星――星を治める星の精としてそれぞれ使命を全うしなくてはならなくなったが、凪やクレス、悠達も手を貸してくれるから、馨はこうして毎日奏に会いに行くことができている。これも全て、たくさんの仲間達が支えてくれているお陰なのだ。
「奏、ごめん!ちょっと遅れた!」
「あ、馨。ううん、大丈夫。俺も今仕事が終わったところ」
ベガに到着すると、奏は丁度クリスタルが保管されている部屋から出てきたところだった。
「ベガの力の源……クリスタルの管理は結構大変だから。でも奏は飲み込みが早い。これなら大丈夫」
悠が微笑んでそう伝えると、奏も嬉しそうに、そして少し照れくさそうに笑った。
「あ、そういえば楸は?今日戻ってこられるんだろ?」
楸は元々悠――ベガの星の精の世話係ということで天帝の命でデネブから派遣され、悠の傍に置かれていた。先日、鶲の器を錬金術で創ってしまったことに関して、デネブへ一旦拘束され、審議にかけられることになってしまっていたのだ。
人体錬成は錬金術における最大の禁忌。それに触れるか触れないか、という極めて深刻な審議内容であったのだが……。
「うん。審議の結果、器のみの錬成だから人体錬成とは少し異なるし、従わなければ殺されていた可能性もある、ということで厳重注意で終わったみたい。何より、楸が鶲の器を創らなければ馨の体が鶲に乗っ取られてしまっていた可能性もあるしね。それも考慮の上で」
「そっか……よかったな」
「ほんっまによかったわ~~~~~悠~~~~~!!!」
「うわ!?」
突然馨の背後から叫び声が聞こえた瞬間、ものすごい勢いで走ってきた楸を馨は素早く避ける。
そして悠はあっという間に楸に抱きすくめられてしまった。
「あ、おかえり楸」
「ずっと悠と会えんでほんま寂しかったわ……暫くこのままでいさして……」
「ちょっと楸……苦しい……」
思いの外強く抱きしめられ悠は小さく悲鳴をあげるが、そんな二人を馨と奏は微笑ましく見守っている。
「はは、仲良いなあ二人とも」
「邪魔しちゃいけないし、俺達はもう行こう」
「へ?あの二人ってそういう関係なの?」
馨が驚いていると、なんとか楸の腕から抜け出した悠が顔をしかめながらため息をついている。
「別に、そんなんじゃないけど……楸はただの幼馴染で、世話係だし」
「えっ!?ま、まあそうやな……ははは……うう……」
(あっこれ楸が片思いしてて全然悠は気付いてないやつだ……」
二人の会話を聞いて馨は二人の関係をなんとなく察した。
悠は他人のそういったことに関しては鋭い面もあるが、自分のことに関してはどうやらとても鈍いらしい。
これはかなりの長期戦になりそうだと、馨はひそかに心のなかで楸を応援した。
「今日はディレイスに行くんだ。杏がお買い物したいんだって。支度するから待ってて」
「ディレイスか、いいな!って杏も一緒って、奏と二人っきりじゃないのかよ~……」
奏の言葉に、馨はがっくりと肩を落とす。こちらもこちらであらゆる意味で鈍いところがあるのは織女星となってからも全く変わらない。
「紅袮と星もいるよ。嫌だった?」
「嫌じゃないけど……まっいいか。皆で一緒に行くのも楽しいもんな!」
「うん!」
そう返事をして笑う奏の顔は、今まで見た中でもとびきり満面の嬉しそうな笑顔だった。
「ディレイスか~ええなあ。なあ、俺達も一緒に行かへん?悠」
「別にいいけど……」
「お前達も!?はは……当分奏と二人きりのデートは難しそうだなあ……」
楽しみにしていた奏とのデートではあったが、結局いつもの大所帯での外出となってしまい、馨はがっくりと項垂れるのであった。

「へえ~、それで結局、悠が奏のお兄ちゃんなんだ」
「うん」
「なんかわかるわ。悠の方がしっかりしてるもんな」
ディレイスに着いた一同は、取り留めもない話をしながら街中を歩いていた。
紅袮と星は今まで気になっていた、悠と奏の双子という関係について色々悠に質問しているようである。
「でも悠も毎朝寝起きが酷いねんほんま。30分は奮闘しとるもん」
奏の寝起きが悪いのは皆も周知のとおりだったが、実は悠もそうらしい。織女星の世話係ということで楸は奏の世話もしなければならなくなる。朝の苦労が二倍になったわけで、楸は大きくため息をついた。
しかし、そんな楸の肩を優しく叩く者がいる。
「?」
「……今まで奏を起こす係やってた俺の苦労がわかる人がここに……!」
「あ、紅袮……!」
「な、なんか仲良くなってる……」
がっしりと腕を組み意気投合する二人を見、星はぽつりと呟いた。
「あっイレーヌだわ!イレーヌ~!」
ふと、杏が少し離れたところを歩いている女性を見つけて手を振った。
女性は杏に気づくと、すぐに嬉しそうにこちらへ駆け寄ってくる。
彼女はイレーヌ。このディレイスで暮らしている、クリスタルの英雄の一人だ。幼い頃に両親の仕事の都合でこの国から遠く離れた場所へ引っ越さなくてはならなくなってしまったのだが、この街をいたく気に入っていた彼女は断固拒否し、困っていた両親に手を差し伸べたのがお人好しとして有名なこの国の皇帝、ディオ皇帝であった。それからイレーヌはディオの厚意でディレイス城で暮らしている。
というのも、彼は自身の息子のキールが学校で同じクラスのイレーヌに恋心を抱いているということを知っており、これはいい機会だと、二人をなんとかくっつけてやる為に少々お節介を焼いたのである。ディオ皇帝とはそういう人なのだ。
結果は、彼女が城で暮らし始めてから十年は経つのだが、キールがへたれな為かなかなか進展しないのだとかなんとか。
杏達は何度かディレイスとベガを行き来している時に城内にいたイレーヌと遭遇し、仲良くなったのだ。
「杏~!皆も!丁度いいところに来たね、今日は海祭りがあるんだよ!」
「海祭り?」
「ディレイスの海に住む神様達に感謝を捧げるお祭りなんだ。海の方、すっごく盛り上がってるから時間があったら来てみて」
確かに、今日は街の中がいつもより賑やかだと皆思っていた。すぐ近くの高台から海の方を見下ろせば、たくさんの人が集まり、屋台などの店がたくさん並んでいるのも見える。
「わあ~楽しそう!行く行く!」
「よっしゃ祭りだ~!行こうぜ紅袮!」
「あっこら!引っ張るなよ!」
駆け出した三人の後ろ姿に、イレーヌは続けて声をかける。
「海祭りは夜になってからが見どころだから、是非最後まで楽しんでってね!さてと、キールくん探しに行かなきゃ!じゃあね!」
イレーヌはそう言って近くの馨達にも手を振ると、海の方へ向かっていった。
「夜かあ……何があるかわかんないけど、イレーヌが勧めるんだし見ていきたいよな、奏」
「うん。今日の仕事は全部片付いてるから、何時まででも大丈夫」
馨の言葉にそう答えた奏の声は、心なしか嬉しそうに弾んでいるように聞こえる。
最初にベガの七夕祭りで見た時の奏と比べると、確かに、あれから奏の中にはヒトらしい心が宿ったのだと、馨は嬉しく思っていた。
「ほなら、俺らも海沿い行こか!はぐれんよう気ぃつけてな!」
「う、うん」
楸もわくわくした気持ちを抑えきれないようで、悠の手を取って海方面へ走り出す。
「あっ待てよ!奏も、行こうぜ、ほら!」
そう言って馨は奏の前に手を差し出した。
それを見た奏は、ふと、七海の記憶が一瞬蘇ったのを感じる。
自分に向かって差し出された、鶲の手。鶲は嬉しそうに、七海が手を取ってくれるのを待っている。そして七海も、嬉しそうに彼の手を取るのだ。
ああ、これが、ずっと彼女達が望んでいた「幸せ」というものなのだろう。
「……うん!」
奏は笑顔で頷くと、差し出された馨の手を強く握った。

海沿いに降りた二人は、たくさんの人混みに揉まれながらも、決してはぐれないようにしっかりと手を繋いでいた。
ベガで催されていた七夕祭りでは見たことのない露店にはしゃぎながら、時間を忘れて二人は今この瞬間を目一杯楽しむ。
そして気がつけば陽はすっかり傾き、ディレイスのブルーマリンの海へ沈んでいこうとしていた。
「っあ~~!久しぶりにこんな遊んだなあ!」
最初にイレーヌと出会った高台に戻ってきた馨と奏は、夕焼けを眺めながら休憩をしていた。
ゆっくりと海へ引き寄せられるかのように沈んでいく夕日を見つめ、ふと奏が小さく笑い声をあげる。
「……ふふ」
「ん?どうした、奏」
不思議そうに馨が尋ねると、奏は微笑みながら話す。
「前に皆で初めてここへ来た時のことを思い出したんだ。あの時は地球で見るもの何もかもが珍しくて……驚きでいっぱいだったなって。この夕焼け空も」
「奏……夕焼け空見て感動して泣いてたな、そういえば」
「あれ、そうだったっけ?」
馨もあの時のことを思い出していた。まだ、奏の心が今のように目覚めておらず、何を考えているのかよくわからなかった頃のことだ。
あの時、初めての夕焼けを目の当たりにして涙を流していた奏を見た馨は、実は少しほっとしていたのだ。彼には、ちゃんと心があるのだと。
「そうだよ。奏のことだったら、なんだって覚えてる」
初めて奏を空から見つけた時のことも。奏の家で、星空を眺めた時のことも。奏が風邪をひいた自分のために薬草を探しに行ってくれたことも。馨は思い出しては奏に語る。
それを聞いていた奏は嬉しそうに笑うと、ふ、と小さく息をついた。
「……そうやって、俺のことを覚えてくれる人がいるって……幸せなんだろうな。きっと、あの家にずっと閉じこもっていたら……こんなに幸せにはなれなかった」
馨に大怪我を負わせてしまった時、もう二度と、自分は皆と一緒にいることができないのだと奏はすぐにそう思った。
七海の記憶……この力のせいで「化け物」と人々に恐れられた記憶を知ってしまったから。
こんなことになるなら、あの家から一歩も出なければ、楽しい気持ちも嬉しい気持ちも、何も知らないままでいられたのに。七海もきっと、こんな気持ちで天帝に封印されることを望んだのだろう。
しかし馨は、心の底で泣いていた自分の手を引いて再び外まで連れ出してくれた。
「だって、言ったろ?俺と、皆で、奏を幸せにするって」
「もう十分幸せだよ」
「いいや、まだまだだ。もっともっと奏を幸せにするんだからな!幸せすぎて泣いちゃうくらいに!」
自分を救い出してくれたこの愛しい人は、そう言って自信満々に笑うのだ。
「なにそれ」
おかしそうに奏が笑うと、馨もつられて「へへへ」と小さく笑う。
暫く二人で笑い合っていると、海の方から人々のざわめく声が二人の耳に届いた。
気が付けば陽はすっかり海の中に溶け落ち、空は緋色から群青色の星空に塗り替えられつつある。
「あ、もう夜になるのか」
「馨、あそこでなにかやるみたい」
奏が指差した方を見ると、砂浜に一人の女性が海の方を向いて佇んでいる。女性は先程とは違った綺麗な衣装に身を包んだイレーヌだ。そして彼女から少し離れた後方に立っているのは、この国の皇子、ディオの息子のキールである。
「イレーヌとキールだ。ここ、海が一望できて最高の場所だなあ」
周りに人もいない。どうやら穴場スポットというやつだろう。
イレーヌは大勢の人に囲まれ、少し緊張した面持ちで何かを話している。それからすぐに綺麗なフルートの音、それに交わるようにイレーヌの透き通るような美しい歌声が聞こえてきた。
「……綺麗な歌声……それから、笛の音も」
「あっ見ろ、奏!海が……!」
見れば、イレーヌの目の前の海が少しずつ淡いエメラルドグリーンの色に輝き始めている。
その光はすぐに広がっていき、ついには皆が集まっている入り江の海全体が輝き、海の方から歓声が上がった。
「光ってる……これが、六月珊瑚(ジューンコラル)の光なんだ……すごく綺麗……」
「なんだ、知ってたのか」
「さっき露店の人が教えてくれたんだ。海祭りの見どころは、夜になったら見られる六月珊瑚の産卵の光なんだって。六月珊瑚のことは本で知ってたけど、実際に見るのは初めて」
輝く海を眺めながら、奏はうっとりと呟いた。
「へえ、そうなんだ……なんか、奏と二人でこんな綺麗な景色が見られるの、すごく嬉しいな」
「……俺も、だよ」
奏はそう呟くと、不意に馨の肩に身を寄せる。
突然の奏の行動に馨は驚いて飛び上がってしまった。
「!うわっ!ど、どうしたんだよ急に……!」
「いい雰囲気の時はこうやって甘えるといいよって、凪が教えてくれたから……だめだった?俺なりに空気を読んでみたつもりだったんだけど……」
「だ、だめじゃない……!(凪の奴~~~ありがとう……!!!)」
きょとんとした顔で答える奏が可愛くて、心臓がばくばくと煩く鳴るのを馨は必死に手で抑えながら心の中で凪に感謝をした。それから馨も少しだけ勇気を出して、自分の手を奏の肩に恐る恐ると伸ばし、軽く抱き寄せてみる。
今度は奏が少し驚いたようだったが、すぐに嬉しそうにクスクスと笑うのだった。
「……こうしてると、俺達本当に恋人同士みたいだ」
「え、もう恋人同士だろ、俺達」
「あ、そうだった」
そして二人は顔を見合わせ、笑い合う。それからすぐに、奏が何かを思い出したかのように「あ」と呟いた。
「……あのね、馨。もう一つ、露店の人が教えてくれたことがあるんだ」
「そうなのか?」
「うん。それはね……」
「?かな……っ」
馨が何かを言おうとした瞬間、その唇が何かに塞がれる。柔らかい感触、そして目の前には目を閉じている奏の顔。馨は何が起きたのかすぐに理解ができず目を見開いて固まってしまっていたが、そうこうしているうちに奏はすぐに馨から離れる。
「……六月珊瑚の光を見ながらキスをした恋人同士は、ずっと、ずっと幸せでいられるんだって。俺、ずっと馨と幸せでいたいから」
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!!!!」
そうだ、今のは、キスだった。奏からキスをされたのだ。
そう理解した瞬間、馨の顔は耳まで真っ赤になり、声にならない声を上げて馨は手で顔を覆ってしまった。所謂キャパオーバーというやつだ。下手したらこのまま倒れてしまいそうだ、と馨は頭がくらくらするのを感じていた。
「……嫌だった?」
馨が何も言わないので、奏は少し不安に思ったのか、馨の顔を一生懸命覗き込む。すると、馨は
「嫌じゃない!!全っ然嫌じゃない!!奏!大好きだーーーーーーーーーーーーー!!!」
「俺も……俺も馨が大好き!」
こうして幸せそうに笑い合っている二人を、少し離れた場所から杏達が見守っていた。
「そろそろ帰るよって迎えに来たけど、もう入っていける雰囲気じゃないわね」
杏はやれやれとため息をつきながら呟く。その隣で二人の一部始終を見ていた星も、奏の意外な一面を見て驚きを隠せないでいるようだった。
「奏の奴、ああ見えて結構大胆なんだなあ……紅袮、俺達も……」
「もう六月珊瑚の光は消えたし。馬鹿なこと言ってないでほら、二人の邪魔になるから帰るよ」
「あっ紅袮!も~照れるなって~!」
騒がしく話しながら、三人は城の方へと帰っていく。
しかし、楸と悠はまだその場に残り、二人の様子を見つめていた。
「……色々あったけど、めでたしめでたしってやつやな」
楸が笑いながら話すと、悠も珍しく微笑みながら頷いた。
「うん。地上に伝わっている七夕伝説とは、また少し違った結末になったけれど……俺達が鵲となって、二人を支えていこう。この二人の幸せが、永遠に続きますように……」
そう言って悠は指を組み、静かに目を閉じて祈るのだった。

それは遥か遠い空の星達のお話

恋に落ちた織姫と彦星は、たくさんの仲間……鵲達のちからを借りて、数々の苦難を乗り越えました。

そして、今も、いつまでもずっと……幸せに過ごしたのです。

ちぇんじRevolution   完